HD臨床試験のまとめ

このところのHD臨床試験にまつわるニュースを、これさえ読めばすべてわかるというこの記事でもって改めて総ざらいしてみましょう。この記事ではHD治療薬開発についての最近の動向を網羅しています。  (原文はこちら)

執筆:レイチェル・ハーディング博士 2021年4月26日 編集:レオラ・フォックス博士

このところHDコミュニティは様々な企業や臨床試験からもたらされる新たな情報に翻弄されているようです。そうした情報はどうしようもなく暗いニュースだというわけでは決してありません。先頭を走っていた試験の中には本当に残念なものも確かにありましたが、一方で多くの企業から新たに前向きな情報ももたらされましたし、誰もが期待を抱き続けるだけの理由は十分にあります。HD治療薬としての可能性を秘めたものは多くありますが、この臨床試験のまとめ記事では、それらの現状について手短に概観して皆さんにお知らせします。来週、CHDI財団主催HD治療会議がオンラインで開催されることになっていますので、皆さんに新たな情報をさらにお届けすることができるでしょうが、さしあたって、この記事で現在にいたる状況の全体像を把握していただければと考えています。それでは始めましょう!

問題の根本原因に迫る―ハンチンチン低下療法

HDBuzzでハンチンチン低下療法が話題に上るようになってもう随分になりますし、すでに実施されているかなり進んだ段階の臨床試験も取り上げてきました。HD患者の身体や脳で生成される有害な型のハンチンチンタンパク質の量を減らすことを目的としているというのがハンチンチン低下療法の基本前提になっています。このアプローチに取り組んでいる科学者は、その有害タンパク質の量を減らすことによってHDの経過を遅らせたり、さらには逆戻りさせる可能性さえあると考えています。ハンチンチンは必要不可欠な遺伝子で、特に脳の発達には欠かせませんから、細胞からハンチンチン遺伝子を完全に除去してしまうことには慎重でなければなりません。したがって、ハンチンチン低下は、症状の改善を望むに足るようハンチンチンタンパク質を減らす一方、細胞内でその本来の任務を果たすために十分機能し得るだけのタンパク質が残るようにするという微妙なバランスを保つ営みなのです。ところで、ハンチンチン低下療法を行うために各企業が採用している様々な戦略にはどのようなものがあるのでしょうか。

たとえ試験で期待していた結果が得られなかったとしても、そこから学べることはたくさんあり、HD当事者のための新薬発見に向けて前進するのに役立ちます。

ASOによるハンチンチン低下

アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)という分子が研究者によって開発されていますが、これはハンチンチンの遺伝子メッセージを標的にするものです。このメッセージはmRNAといい、私たちの細胞にハンチンチンタンパク質を生成させるレシピを提供していますが、ASOを使ってこのレシピを読めなくしてしまえばハンチンチンタンパク質レベルが下がることになります。ASOの弱点の一つは、繰り返し投与することが必要な大きくてかさ高い分子であるため、髄腔内注入によって投与しなければならないことです。

ロシュ社の臨床候補ASOはトミネルセンといって、ハンチンチンタンパク質の正常型と有害型の双方を標的とするものでした。ウェーブライフサイエンス社もASOアプローチを採っていますが、その戦略はロシュ社とは若干異なります。ウェーブ社のASOは有害型ハンチンチンの遺伝子メッセージだけを標的にするよう設計されています。すなわち、有害型のハンチンチン遺伝子だけにある微小な遺伝子上の特徴を認識するよう作られているのです。この戦略が上手くいけば正常なハンチンチンは手つかずのままにしておくことになるのですが、一方、誰もが同じ遺伝子上の特徴を有しているわけではありません。したがって、こうした薬では、仮に上手くいったとしても、HD患者すべての治療ができるわけではありません。

残念ながら、HDを対象とするASOのロシュ社とウェーブ社による先ごろの試験は成功しませんでした。ウェーブ社のPRECISION-HD試験についていえば、要はASOに科学者が期待していたような働きが見られなかったのです。つまり、処置は安全でしたが、ハンチンチン低下は全く起こらなかったのです。しかしながら、ウェーブ社は化学構造を改良したもう一つのASOの開発を進めており、近い将来、臨床試験でテストすることになっています。ロシュ社についていえば、GENETATION-HD1試験における投与が停止されました。盲検化されていない状態の全データを入手して見ることのできる独立委員会による勧告に基づくものでした。その理由は、今週これから研究者、医師、HD当事者やその家族に知らされるデータを見れば明らかになるでしょう。CHDI財団主催HD治療会議が開かれ、HDコミュニティで広く議論が行われるからです。HDBuzzでは、何か動きがあれば最新情報を皆さんに確実にお伝えしていきます。

臨床試験は治療ではないということを忘れないようにすることが大切です。臨床試験は科学者が行い得る実験の中でも最大規模で非常に複雑な部類に属するもので、たとえ望むような結果が出なかったとしても、そこから多くの情報やデータが得られ、それが将来の意思決定や治療薬の設計に役立ちます。ウェーブ社もロシュ社もHDの治療薬開発に今も力を注いでいることを明らかにしています。

遺伝子治療によるハンチンチン低下

ロシュ社やウェーブ社の試験は大方の期待通りには進みませんでしたが、それでもハンチンチン低下がHDの治療に有望なアプローチになり得るだろうという点についてはHD研究者の多くの意見が一致するところです。ハンチンチンタンパク質のレベルを下げる方法はASOだけではなく、他にも様々な戦術を取っている企業があります。

ユニキュアという企業はAMT-130という薬剤を開発しましたが、これを使って単回投与でのHD治療が可能になると考えています。AMT-130は脳外科手術によって送達され、脳全体にこの薬剤を拡散させるのにウイルスを利用します。この薬剤はハンチンチンタンパク質の正常型と有害型の双方の遺伝子メッセージを標的とするもので、どちらも低下させます。

先日、ユニキュア社はAMT-130について多くの重要な最新情報を公にしました。まず、米国における同社の第1・2相安全性試験への10名からなる参加者グループに対して初めて投与が行われました。世界的パンデミックの渦中での試験実施ということで、さまざまな混乱があったにもかかわらず、予定よりも早く行われたもので、これも献身的な参加者たちのお陰です。同社は欧州でも人を対象とした小規模試験を計画しています。大小の動物による実験データの発表があったことも明らかにしました。三つの論文が発表されましたが、全体として安全性、安定性、AMT-130の脳内拡散が良好であることが示されています。

“このところいくつか挫折があったにもかかわらず、HD治療は概して新たな発想やアプローチに事欠きません。”

AMT-130アプローチの技術的側面についてこうしたニュースはいずれも心強い限りですが、長期の安全性データやAMT-130療法がHDの症状を治療するのに有用であるかどうかが明らかになるにはまだ時間が必要です。

経口薬によるハンチンチン低下

脳外科手術をしたり定期的な脊椎穿刺をしたりというのは理想的な治療様式とは言えませんし、世界中のどのHD患者にでも広く利用可能なものでは到底ないでしょう。ASOにせよ遺伝子治療にせよ、巨大な分子によるものなので、脳血液関門を通過できず、そのため、ハンチンチンレベルを下げられるのも中枢神経系内にとどまります。こうしたことから、身体全体のハンチンチンを低下させるために錠剤として服用できる低分子を作ることに強い関心が注がれています。

ところで、低分子がハンチンチンタンパク質のレベルを下げる仕組みはどうなっているのでしょう。今までに開発された低分子ハンチンチン低下薬では、ASOや遺伝子治療といったアプローチのように遺伝子メッセージを遮断することはできません。代わってターゲットになるのは、タンパク質を生成するために遺伝子メッセージを切断・挿入・作成する細胞の仕組み(このプロセスをスプライシングといいます)です。そのため、科学者はこれらの低分子のことをよくスプライシング調節薬と呼びます。

ノバルティス社もこのアプローチに関心を示している企業です。ブラナプラムという薬は脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy: SMA)という神経疾患を治療するために開発されたのですが、HD治療に転用できると考えられています。ノバルティス社はブラナプラムに対してオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)の指定を受け、HD患者の治療のための臨床試験にこれを使用することになっています。この臨床試験は今年開始されるはずです。

また、PTCセラピューティクス社はPTC518というスプライシング調節薬を使って、様々なHDの動物モデルや研究室モデルのハンチンチンレベルを低下させています。現在、健康な人たちを対象にした第1相臨床試験が行われており、PTC518の安全性を調べています。先日、投資家を集めた場で発表された暫定的なデータは有望なようで、この薬剤が期待通りの作用をしていることを示しており、危険な副作用も今のところ認められていません。

新たな遺伝子技術によるHDの治療

私たちの生きているこの時代は、遺伝子技術の進歩がめざましく、様々な疾患の新たな治療法が生まれています。COVID-19用に開発されたRNAワクチンは正にその素晴らしい例ですが、HD治療のために新たな遺伝子技術に取り組んでいる企業もあります。

アトランタセラピューティクス社はRNAi療法に取り組んでいて、様々な神経変性疾患を対象にしていますが、HDもその一つです。RNAi療法の作用はASOと似ていて、特定の遺伝子メッセージに干渉することでそれに対応するタンパク質のレベルを下げます。アトランタ社は分枝構造を持つ特殊な型のRNAiを製作していますが、これには脳全体に広く拡散する力があって、同社では脳に関わる疾患の治療に有効だろうと考えています。

低分子によるハンチンチン低下薬のターゲットになるのは、タンパク質を生成するために遺伝子メッセージを切断・挿入・作成する細胞の仕組みです

ロカナビオも新たな遺伝子技術を開発している企業で、ターゲットにしているのは、有害型のハンチンチンをはじめ疾患の原因となるタンパク質を生成するよう細胞に指示する遺伝子メッセージです。両企業からの詳しい報告をこれからの数か月間のうちに聞けることを心待ちにしています。

その他のHD治療アプローチ

全く異なる切り口でHD治療に迫ろうとしている企業もあります。そのアプローチは、ハンチンチンタンパク質そのものではなく、HD生物学の異なる側面に基づくものです。このように多様なアプローチがあることで、可能な限り多くの人たちに有用となる治療法が一つといわず見つかる可能性も高まるはずです。

アネクシオンバイオサイエンス社は同社のANX005という薬剤で、HD患者を対象にした第2相試験を実施しています。この薬剤は補体系という免疫系の一部をターゲットにしています。HD患者の場合、補体系の働きが過剰になっていて、それが神経細胞に損傷を与えたり脳細胞間の連携に変化をもたらしたりしていると考えられます。補体系のスイッチが過剰に入ってしまうのを阻止することで、これを補正しようというのがこの薬剤の狙いです。

プリレニア社はPROOF-HD試験を運営しています。これはプリドピジンという薬剤の第3相試験です。先日、プリドピジンには脳の保護効果がある可能性が研究者によって解明されました。シグマ1受容体というタイプの神経細胞にプリドピジンが作用するというものです。これより先にHD患者を対象として実施されたプリドピジンの臨床試験の結果は残念なものでしたが、今回の新たな試験は初期顕性期の患者をより長期にわたって治療するというもので、患者に良い結果がもたらされることを同社は期待しています。

CAGリピート拡張を止める

ゲノムワイド関連解析(これによって、HDの発症時期に大きな差がある理由について手掛かりが得られています)からの豊富なデータに基づいて、発症年齢を遅らせることを目的とした創薬につながる可能性のある新たな手段を模索している企業もあります。一般的にCAGリピート数が多くなると発症が早くなるという関係がありますが、CAGリピート数が全く同じ人でもHDの発症年齢が大きく異なることがあります。こうした差の理由の一つがDNA損傷の修復プロセスに関わる遺伝子のDNA暗号にあることが分かっています。この遺伝子のなかの核酸塩基のうちの1つが違っていたとしても、通常は何の影響もないのですが、それがHD患者の早期発症を促している可能性があり、また、体細胞不安定性というこれもまたHDの進行具合にとっては重要なプロセスに関連があるのです。トリプレットセラピューティクスとロックス23セラピューティクスの2社はこのようなDNA損傷修復プロセスをターゲットにして、HDの進行を遅らせたり止めたりしようとしています。

トリプレット社は現在SHIELD-HDという研究を行っていますが、これは薬剤を使用せず、HDの進行を経時的に追跡するものです。CAGリピートの拡張と並行する症状の進展について探求しようとしています。この研究全体としての目的は、同社が開発しているタイプの薬剤による最適な治療時期を決定することにあります。

HDの症状をターゲットにした試験

遺伝子治療は(進行を遅らせたり発症を抑えたりといった具合に)HDの経過を変えようとするものですが、症状をターゲットにしてHD患者のQOL(生活の質)を改善するための治療法を開発するというのも重要なアプローチです。

セージセラピューティクス社はHD患者に見られる認知上の変化に取り組んでいます。同社は思考能力や立案能力を測定するツールの開発・評価を行っていて、とりわけ、HD患者それぞれの観点からの報告に基づく評価に取り組んでいます。このような評価は「患者によって報告される治療結果(PRO)」として知られており、医師による測定ではなく、患者が直接、質問に回答するというものです。また、セージ社はSAGE-718という同社の薬剤がHD患者の認知症状の改善に効果があるかどうかを確かめるための第1・2相試験を開始すべく準備中です。

観察研究はHD治療薬探索の重要部分で、HD生物学の新たな側面を掘り起こすことが期待されます。

ニューロクラインバイオサイエンス社はバルベナジンという薬剤の第3相臨床試験の実施に向けてハンチントン研究グループと協力して取り組んでいます。この試験はKINECT-HDといい、HDの運動症状(舞踏運動)に対するバルベナジンの効果を調べることになっています。バルベナジンは化学的にはテトラベナジン(日本ではコレアジン、米国ではキセナジンでHD治療薬として販売)やデューテトラベナジン(オーステド)に似ており、すでに遅発性ジスキネジア(抗精神病薬の処方を受けている人に見られる顔や四肢の不随意運動)という疾患に対して承認されています。

観察研究および地域規模の研究

これまで述べてきたのはHDに対する治療アプローチの主だったもので、製薬会社が複数の施設で現在行っていたり、将来行う臨床試験において展開しているものです。また、大規模な観察研究(薬剤は使わない)が上述のSHILD-HDの他にもいくつかあって、それらはHDを解明したり、将来の創薬に向けて焦点を定めるべきHD生物学の新たな側面を発見したりするうえで非常に重要です。

ENROLL-HDはHD当事者及びその家族のための観察研究で、HDの病態やその変化を経時的にモニターするものです。HDの理解を進めることで、より良いHD治療薬を創るにはどうすればいいか知ることができると研究者たちは期待しています。

HD ClarityはHDの治療薬開発を進めるために脳脊髄液を収集する取り組みです。研究者は世界中で全く同じ方法を用いて参加者から髄液を採取していますが、こうした検体は神経系がどのようにHDの影響を被るかを知る手段となっています。

他にも大学の研究グループが、HDの進行を調べる観察研究(PREDICT-HDなど)、若いHD患者やアトリスクの人たちを調べる観察研究(アイオワChAnGE-HDなど)を行っています。研究グループの多くは地域的な小規模試験を様々なツールに関して行っています。そうしたツールには、新たな画像化手法、コミュニケーションスタイルや遺伝子検査の経験について家族や医療従事者を調査するためのアンケート、QOLを改善するための理学療法や言語療法などによる介入の開発、副作用や睡眠を改善するために行う既存薬の組み合わせや代替療法の試験などがあります。こうした研究は比較的小規模ですがHD患者にとっての転帰やQOLを改善する新たな方法を生み出す場合もあります。

さらなる最新情報がすぐにでも―HDBuzzに注目!

お分かりいただけたかと思いますが、このところいくつか挫折があったにもかかわらず、HD治療は概して新たな発想やアプローチに事欠きません。明日から始まるCHDI財団主催HD治療会議では、ここでは触れなかったさらに多くの企業や研究グループによって素晴らしい科学的知見や前臨床的データが発表されるでしょう。今週、産業界のメンバー、大学研究者、医師からの発表を聞いて、読者の皆さんにさらなる最新情報をお届けするのを楽しみにしています。

レイチェル・ハーディングには明らかにすべき利益相反はありません。レオラ・フォックスはアメリカハンチントン病協会(HDSA)で職務に当たっていて、HDSAはこの記事に挙げた複数の企業との関係を有し、非開示契約を結んでいます。当サイトのディスクロージャーポリシーについて詳しくはFAQをご覧ください。